まえをむいて。

2009年にロースクール卒業。 司法試験受験回数0回。 平日は4歳と8歳の子育てをする主婦、 週末は仕事、をしつつ、 予備試験・司法試験合格を目指しています。 いまから、ここから、はじめます。 まえをむいて。

知らぬが仏。

 

知らないほうがよかったな…

と思うことが ときどきある。

 

しみじみそう思ったこととして

いちばんに思い出されることは「仕事」について、である。

 

母は、幼い頃からの夢が叶って

晴れて憧れの仕事に就くことができたらしいのだけれど、

その内実は表側から見えているような

華やかて楽しいばかりではなく、

裏側では なかなか厳しく辛い状況を

多く経験せざるを得なかったようである。

 

その内実のほうを こどもの頃から

かなり詳しく聞いて 知ってしまっていたため、

母が就いていた仕事に対しては

憧れを抱くどころか

避けるべき職種であるとの印象を 持つようになっていた。

 

大学三回生になり…

いざ就職しますかどうしますか

という段階に自分がなるまで、

母が就いていた仕事は 就職先としては

当然のことのように きっぱり除外していた。

 

ある日、就職活動を早々に終えた友人が

「新卒の切符は人生で一度しか使えないよ。」

と ロースクール進学を念頭に動いていたため

まったく就職活動をしていない自分に対して

もったいないよ…と助言をくれた。

 

そう言われると 

なんだかもったいない気がしてきて

一社 就職試験の申し込みが間に合う企業を見つけたので 

エントリーしてみることにした。

完璧に出遅れていたため どんな仕事をするのか

具体的なイメージが既にあるものが良いだろうと考え

母が就いていた仕事と同じ職種を希望した。

 

やると決めたからには全力でがんばろうと

やる気もそれなりにあったのだけれど…

一次試験では筆記用具と受験票を忘れ、

二次試験では会場を間違え、

三次試験では試験内容を知らずに

(他の方々はばっちり準備なさっていて その

完成度の高さに驚いた。)席に着いた。

 

選考が進むにつれて、

このまま受かってしまったらどうしよう…という想いと、

ここまできたら いっそのこと受かって

この仕事に就いてみたい…という想いが

同時進行でふくらんでいき せめぎ合い出したタイミングで、

ぴろろん ♪ と お祈りメールがきた。あれまー。

 

人生そう甘くないものである。

ただ、意外だったのが

これでロースクールを心置きなく目指すことができる、

と安堵する気持ちだけでなく、

とても残念で ものすごく惜しいことをしたなぁ…

という気持ちになったのである。

 

なんでもっとちゃんと前から この仕事を

自分の選択肢として認識して

意識的に準備してこなかったのか…と

その後かなり長い間悔いた。

 

知らなければよかった…

その仕事の大変さとか辛い部分とかを知るのは

その仕事に就いてからでよかったのかもしれない。

何も知らなければ、ただ単に憧れて 純粋に

目指すことができていたかもしれないのに。

 

しかし、悲しいかな。

これとまったく同じ気持ちに 今度は

ロースクール卒業後になってしまうのである。

 

ロースクールがなければ

おそらく 司法試験に合格するまでは

まずお目にかかることがなかったであろう

たくさんの実務家の方々との関わりがあり、

また実務の現場も早い段階で見てしまったため、

本来なら仕事に就いてから見聞きし考えるはずのことを先取りして、

ひとり悩みだしてしまったのである。

そして

「今の自分では この仕事に就いたら きっとつぶれてしまう。

もうすこし歳を重ねてからにしよう。」と結論を出し、

しばらく法律から離れて暮らすことを選んだ。

結局…

「よし!自分でも なんとか いけるかも!」と

思うことができるようになるまで、それから10年かかった。

 

もし知らなかったら…

がむしゃらに司法試験に合格することだけを純粋に考えて

突き進むことができていたかもしれないな、

と、この10年間 何度か思った。

 

たしかにそうかもしれない。けれど、

もしこの先 司法試験に合格できたならば、

「知っていてよかったな。」と思える気がするのである。

 

なぜなら、

脇目も振らず前に進むことよりも

脇見しながら前に進むことのほうが

遥かに難しいことだからである。

無事目的地にたどり着けたときの喜びもひとしおである。

 

いろいろ見て、いろいろ聞いて、いろいろ知って …

結果、たくさんの悩みが生まれてきて。

それでも ちゃんと 前に進み 目的地に着くことができたなら、

その過程はそっくりそのまま

「知っていた」おかげの恵みのかたまりとなる。

 

知ってしまった以上、

脇見しながら 前を向いて進むしかないのだ。

 

 

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私が生まれる前、

母はアナウンサーをしていた。

 

 

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